デザイナーになった光一の弱さ、苦しさ、悔しさと成長の心の軌跡
『左利きのエレン』の中でも、朝倉光一という人物の“芯”がもっとも鮮明に描かれるシーンが、「オレは――オレの事ばっかりだ―――」という言葉です。この言葉は、悔しさや情けなさが凝縮された叫びであり、同時に光一が初めて自分と真正面から向き合った瞬間でもあります。
本記事では、この名言に至るまでの出来事を順を追って解説しながら、光一が抱える弱さと強さ、人としてのリアルな葛藤に迫ります。
大型コンペを任された光一のプレッシャーと期待
光一が担当するのは、3億規模の大型コンペ。デザインパートを任され、プレゼンにも関わる重要な案件です。
しかしその裏には“不安”があります。部長は光一に対して信頼を置いておらず、「本当に任せて大丈夫なのか」という目で見ています。
光一としては、
「自分はやれる」
という気持ちと、
「でも部長は自分を評価していない」
という現実の狭間で揺れていました。
そんなとき、自分を救ってくれたのが上司の神谷でした。
「部長 大丈夫っスよ」
「こいつ ガッツあるんで」
神谷のこの一言は、光一にとって“信じてもらえた”瞬間でした。
天才ではない自分を、泥臭い努力ごと肯定してくれたことが、光一にとってどれほど大きかったか。
だからこそ光一は、絶対に裏切れないと思うのです。
30時間徹夜の果ての痛恨のミス
しかし、案件のプレッシャーと作業量の多さから、光一は30時間以上起き続けてしまいます。
その結果――プレゼン当日の直前、寝落ちしてしまうという痛恨のミスを犯してしまいます。
起きたのは、プレゼンの2時間前。
まだデザインの修正は残っており、とてもではないが間に合わない。
絶望が押し寄せ、心が折れかけます。
「もう無理だ…」
そう思ったとき、脳裏に神谷の言葉が浮かびました。
「こいつ ガッツあるんで」
自分を信じてくれた人がいる。
だから逃げられない。
自分を認めてほしいだけじゃない。
恩を返したいという気持ちが燃え上がる。
その瞬間、光一は再び立ち上がり、神谷の助けも借りながら、提出ギリギリまで修正を続けます。
プレゼンへの参加、そして勝利
何とか資料を仕上げ、プレゼンには神谷の判断で光一も出席できることになります。
自分の手で作ったパートを、自分の言葉で伝えられる。
光一にとってこれほど嬉しいことはありませんでした。
そして結果――
神谷から「勝ったぞ」と報告が届きます。
光一は達成感で胸がいっぱいになります。
「忙しくなるな……」と、誇らしさと疲労をかみしめながらも、努力が報われた瞬間でした。
しかし、その直後。
部長に呼び出され、光一は信じられない言葉を聞くことになります。
「ここからは外れてくれ」
期待していた神谷の反応、そしてすれ違い
自分がデザインし、自分がプレゼンし、自分が勝ち取ったと思った仕事から外される――光一にとってこれは裏切りにも等しい衝撃でした。
自分は評価されていないのか。
努力は意味がなかったのか。
悔しさと悲しさ、そして理解できない怒りが胸に渦巻きます。
その夜、神谷に飲みに誘われ、同じチームの“みっちゃん”も加わります。
光一は期待していました。
神谷さんなら、また部長に言ってくれるはずだ。
“こいつはやれる”って、もう一度言ってくれるはずだ。
しかし神谷が口にしたのは、光一が期待する“救い”ではなく、
「またがんばろう」
という慰めの言葉でした。
光一は心の中で叫びます。
がんばってるよ。
オレはがんばってるよ。オレは寝ずに休まずがんばってるじゃないか!!!
あれはオレの仕事だ!
オレが考えて、オレが作って、オレがプレゼンして――!
うまくいかない現実と、自分の努力が報われない悔しさに、光一の心は限界を迎えます。
飲みの場に耐えられなくなり、席を立つ光一。
体調を気遣ってタクシーを手配しようとする神谷とみっちゃんの好意すら受け入れられず、その場を離れてしまいます。
みっちゃんのメッセージで知る“神谷の本音”
外に出た光一のもとに、みっちゃんからメッセージが届きます。
神谷は直前まで部長と話していた。
おそらく、光一を外さないよう掛け合っていたのだろう。
だけど、どうにもならなかった。
だから飲みに誘ったのだと思う。
そして最後に、
「神谷さんの気持ちもわかってあげてください」
という一文。
それを読んだ瞬間、光一の目に涙があふれます。
自分は、何もやりきれていない。
プレゼン資料も神谷に助けてもらい、部長への相談も神谷任せ。
「オレがやった」に見えて、全部周りに支えられていた。
いつも心の中心にあったのは――
「オレが認められたい」
「オレが勝ち取りたい」
「オレが役に立ちたい」
という“自分”ばかり。
その事実を突きつけられた光一は、思わずつぶやきます。
ダセェ……。
しかしそれを真正面から受け止める光一。
「オレは――オレの事ばっかりだ―――」
これはただの自己否定ではなく、自分の弱さを認め一歩を踏み出す言葉でした。
悔しさと弱さを飲み込み、光一が歩き出す理由
この名言は、光一が自分の未熟さを理解し、それでも次へ進むための覚悟でもあります。
努力が報われなかった。
自分の力の無さを思い知った。
天才どころか、“プロ”としてもまだ未熟だと悟った。
けれど、そこで終わらないのが光一です。
弱いからこそ、悔しい。
悔しいからこそ、まだ努力できる。
自分は凡人だ。だからこそ、歩き続ける。
「オレは――オレの事ばっかりだ―――」は、
光一が弱さを認め、成長のスタート地点に立った証なのです。
この瞬間から、光一の“本当の戦い”が始まります。
まとめ:光一の叫びは、読者自身の心でもある
この名シーンが多くの読者の胸を打つのは、
光一の弱さや醜さが、誰にでもあるものだからです。
人からの評価がほしい。
認められたい。
自分の努力を見てほしい。
そんな思いは、誰もが抱えるもの。
だからこそ光一の涙も、叫びも、自分のことのように感じるのです。
そして作品は言います。
弱さを認めることは、敗北ではない。
むしろ“成長の始まり”である、と。
光一の歩む道は、読者自身の道でもあります。
「オレは――オレの事ばっかりだ―――」
この言葉は、光一が人として強くなる第一歩なのです。

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